カテゴリ:歴史を訪ねること( 9 )

歴史の小さな旅?〜伊藤屋別館「光風荘」

侍は、夕方大浴場に入っていたら
天窓の上を3匹の猿がバタバタ歩いていてビックリしたと言っていました。

その話を仲居さんに話したら、
この辺りは最近、山の上から猿が降りてくるのだそう。
「露天風呂などで会ったら目を合わせないでくださいね、、、」だって。
ひえ〜〜〜!会っちゃったらどうしよう。と思いましたが、
会わずに済みました。

翌朝、バタバタバタ
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とけたたましい音で目が覚めました。
猿が屋根の上を駆け回りながら、「ウッキー
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」と叫んで大運動会
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これもまた、風情ありということで。。。


チェックアウトを済ませ、こちらの旅館のかつての別館「光風荘」へ。
土日だけ開館していて、ボランティアの方が案内してくださいます。
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この「光風荘」こそが、2.26事件の舞台になった場所です。
伊藤屋の本館からすぐの場所にあります。

当時の前内大臣・牧野伸顕伯爵が静養のために伊藤屋別館「光風荘」に滞在。
天皇の側近であったことから、陸軍の青年将校たちの襲撃の対象となりました。

当時の建物は、事件のときに全焼しているので残っていないのですが、
新しく建てなおすときに、
間取りを同じくして建てられた(有難い!)とのことで
事件の様子を想像することが容易にできました。
青年将校が玄関ではなくお勝手口から訪ねてきたという場所、
警備の警官と将校たちが撃ち合いをした廊下、
伯爵が寝ていた部屋など詳しく説明してくださいました。

牧野伯爵は、大久保利通の二男で牧野家に養子に入っていて、
娘婿に吉田茂、
その娘・和子は麻生家に嫁ぎ、その息子に麻生太郎前首相が。

牧野伯爵の孫にあたる和子さん(当時20歳)は、2・26事件当時
伯爵と一緒にこちらに滞在されていたそうです。
機転を利かせて女性用の羽織をかぶせて伯爵を脱出させたのも
和子さんと言われています。

麻生太郎前首相が牧野伯爵の曾孫ということもあり、
入口の碑の揮毫は氏によるものでした。↓こちらね。
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15分くらい見学するつもりで入ったら、1時間半も居てしまいました。

この後は、静岡県の由比へ桜エビのかき揚げを食べに行き、
土日割引高速ETCを利用して、東京へ帰って来ました。

久しぶりの小旅行でしたが、充実した二日間でした。

                                  <おわり>
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by nonkinaahiru4 | 2010-04-28 23:04 | 歴史を訪ねること

歴史の小さな旅?〜湯河原温泉

今回の旅の一番の目的は、温泉
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しかも、前から泊まりたかった旅館です。
旅館ライフを満喫したかったので、
チェックイン開始の午後3時にチェックインしました。
こんなことは初めてです。

宿泊したのは、明治21年創業の伊藤屋

島崎藤村の定宿であり、
『夜明け前』の原案を練った場所でもあるそうです。
藤村ファンにはたまらない場所でしょう。。。

さらに、明治天皇の侍従長であった徳大寺公爵、
黒田清輝、有島武郎、三遊亭円朝などにも愛された宿ですが・・・

私たちの目的は、そこではなくぅ〜〜〜〜

昭和11年2月26日に起こった「2.26事件」の
東京以外の唯一の舞台となった場所が、
ここ伊藤屋なのです。これが目的。


こちら、藤村先生が滞在していたお部屋のお庭。
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建物は、大正時代のままなのだそうです。
木造の旅館が好きです。

こちら↓、私たちが宿泊した「51番」のお部屋。
ここは、徳大寺公爵が宿泊するために作られた「52番」のお部屋の
隣に位置し、公爵のお付きの方の宿泊用のお部屋だったそうです。

一目惚れしました。このお部屋に
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木の雨戸です。。。。懐かしい。
夕食後と朝食前に、仲居さんがガッタンガッタン開け閉めしてくださいます。
懐かしい音でした。

窓はサッシではありません。木枠に手作りのガラスが嵌めこんであります。
寒かったけれど、風情満点。

よく磨かれている木の廊下。

障子で仕切られた次の間付きの畳のお部屋。
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丁寧に生けられたお花が有難い。。。
完全プライベート空間で、専用のお庭まで・・・
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この日は雨でしたが、屋根に落ちる雨の音がノスタルジックでした。

お風呂は、大浴場、貸切半露天風呂、貸切露天風呂と3つ楽しめます。
「51番」は、お風呂から一番近いお部屋でした。ラッキー!
何度も何度もちょこちょことお風呂に入りに行きました。サイコー!

お食事も大満足でした。
ひと品ひと品が丁寧に作られていて、
出てくる瞬間が出来たてなのです。
作り置きじゃない!というのが分かりました。
裏山で採れたタケノコ、山菜、
湯河原の魚介類、旬で地元の食材を使った
日本料理に感激しながら舌鼓を打ちました。

近場でこんなに素敵な旅館に出会えるとは思いませんでした。
コストパフォーマンスも非常に高い、
是非是非リピーターになりたい、お宿でした。

                                 <つづく>
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by nonkinaahiru4 | 2010-04-27 23:04 | 歴史を訪ねること

歴史の小さな旅?〜重光葵記念館

billsを出た後、海岸通りを西へ走り、
静岡県の手前、湯河原で右折、山の方へ向かいました。

湯河原の海から15分ほど走っただけですが、
海側とまるで違った景色の湯河原。
山と海と両方楽しめる情緒のある街です。

湯河原温泉郷をさらに奥へ進み、
まず私たちが目指したのは・・・・・マニアな場所でした。

重光葵(しげみつまもる)記念館

1945(昭和20)年9月2日、第二次世界大戦の降伏文書に
調印した当時の外務大臣です。

重光さん(なれなれしい
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)とは、いろいろな場所でご縁がありました。

まず、侍とハワイへ行った際、
この調印式の行われた米艦ミズーリ号を見学しました。
調印式の行われた場所には囲みがしてあり、
調印された降伏文書の原本と、
調印する杖をついた重光外相の写真を見ました。

また、重光葵は1932(昭和7)年に外交官として
上海事変停戦協定を成功させた直後、
上海で暴漢からの爆弾により右足を失ったのですが、
私が上海へ旅行した際には、この遭難場所へも立ち寄りました。

さらに、日光へ行った際には、
オムライスが美味しい「明治の館」というカフェへ立ち寄りました。
こちら、もともと明治にアメリカ人の別荘として建てられたものですが、
戦時中、重光葵がこの館に疎開しており、
ミズーリ艦上での降伏文書の調印式にはここから出発されたそうです。。。

と、いくつか重光葵にゆかりの地を訪ねていたこともあり、
湯河原へ行くならば・・・・と是非立ち寄ったのでした。

今まで立ち寄った複数の場所が、
一人の人物に関連していることを知ると、
あとからパズルがどんどん埋まっていくのが
なんとも言えない歴史の醍醐味ですな。

重光葵記念館は、重光葵が足の保養をするために
別荘を建てた場所なのだそう。
ご家族が、この地に記念館を開館されて
氏の遺品を展示されています。

特に印象的だったのは、重光が戦犯として巣鴨プリズンでの刑期を終え、
出所するときに書かれた同じ戦犯たちからの寄せ書き。
などなど、家族だからこそ保管できた遺品の数々を見ることができます。

                                        <つづく>
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by nonkinaahiru4 | 2010-04-26 23:04 | 歴史を訪ねること

小田原?〜石垣山一夜城へ

食事の後、私たちは石垣山一夜城歴史公園へ行きました。

小田原城へは行ったことがあるのですが、
一夜城跡はなかなか行かれなくて、
念願かない、やっと行くことができました。かなり嬉しかったです。

石垣山一夜城は、太閤一夜城とも呼ばれる、
ドラマなどでも必ず描かれる、
あの有名なエピソードのあるお城です。。。

天正18(1590)年、豊臣秀吉が小田原北条氏を攻める際に築城しました。
小田原城側の木だけ伐採せずに残してこっそり城を築き、
完成後に一夜のうちに小田原城側の木を伐採したため、
北条氏側に一夜にして築城したかのように見せかけて驚かせ、
志気を失わせる効果を果たしたと言われています。
実際には、4万人が動員され80日間費やされ、
林の中に塀や櫓の骨組みを造り、
白い和紙を張って白壁のように見せかけたものだそです。


野面積みの石垣はまだ残ってました。崩れかけていますが
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ここには、私が今ハマっているコミック「へうげもの」の主人公である
古田織部も来ていますし、利休もここで秀吉にお茶を点てています。

陣城にもかかわらず、側室・淀を呼び寄せたり、
能やお茶を楽しんだりもしています。
こんなに心の余裕があるなんて、
秀吉はよほど自信があったのでしょうね。

さらには、小田原城を見下ろしながら、
秀吉が家康と連れション(失礼!)をしているときに、
駿府から関東への移封を告げたり〜と
有名なエピソード満載の一夜城なのです。ニヤけてしまうよ。。。

・・・・と、その連れションの場所はこの辺だったかも。と思わせる場所。
小田原城と相模湾一望。
左側の緑の茂みに小田原城があります。
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上の写真の小田原城部分をトリミングしました。
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今は、崩れかかった石垣と、二の丸、本丸、天守台などの跡地を見るだけですが、
地形がそのままなので、十分戦国時代に思いを馳せることができます。

梅も可愛かったよ。
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楽しい楽しい歴史ドライブでした。
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by nonkinaahiru4 | 2010-02-21 01:02 | 歴史を訪ねること

小田原?〜漁港のお昼ご飯

いよいよ来週末、今の車とお別れなので
最後のドライブへ行ってきました。

湘南の海。。。
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日帰りで行きたい場所は沢山ありますが、今日は湘南を通り小田原へ。

普通ならこの時期の小田原と言えば、梅なのですが、
我々は歴史の旅でござる。

まずは、小田原漁港内「魚市場食堂」でお昼ご飯を食べました。

ここから入ります。ドキドキドキ。
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今の入口から入っていくと、中央2階に食堂の看板が見えます。
階段を上っていくと、それはありました。
土曜日の12時15分で4人待ちでした。早くも満席!
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中は、食券制でセルフサービスですが、
仕切ってくださるお兄さんもいらっしゃるので安心です。
侍が食べた、金目煮魚定食。
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私が食べた、港の昼定食。
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とにかく、全部美味しい!!!最高な食堂でした。

私たちがお店を出るころには、20人ほどの行列ができていました。
人気なのですね。

車に常時クーラーボックスが積んであるので、
もちろん、市場でお土産も買いました。
金目鯛の西京漬け x 2、金目鯛の干物 x 1、鯵の干物 x 5。
明日の朝食は、和食です!楽しみぃ。。。

                                        <つづく>
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by nonkinaahiru4 | 2010-02-21 00:02 | 歴史を訪ねること

阿修羅さま

昨日は、上野・東京国立博物館で開催中の
「阿修羅展」を観に行ってきました。
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っていうより、

「阿修羅さま」に会いに行ってきました。という気持ち
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     9時半開館なので、開館に合わせて行ったら、
     既に100人くらい並んでいました。
     びっくり〜〜〜
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東京へお越しになるのは、
1952年以来だから、実に57年ぶりだそうです
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生きている間に東京でお目にかかれるのはきっとこれが最初で最後。

しかも、奈良・興福寺ではガラスケースに収められているのに
この展覧会ではケースがなくて、
360度拝観することができるのです。ありがたや。

しかも、しかも!
興福寺に現存する
お釈迦様を守護する8神の八部衆像、お釈迦様の十大弟子像も
一堂に会しちゃうのは史上初めてなのだそう・・・

阿修羅像は、お釈迦様を守護する神様で三面六臂。
興福寺の阿修羅さまは、
ハンサムなお顔と抜群のプロポーション。
現代で言えば、ネックレスやブレスレットも付けていて
纏っている衣も美しい造形です。

360度、もみくちゃにされながらも
ゆっくり、じっくり、うっとり〜〜〜拝観させていただきました。

      一緒に行ったこの方も大興奮
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      この方、お元気でした。


欲しかったミニフィギュアは売り切れてしまっていたので
ポストカードを購入。

      ちなみにこの方は、しかクッキーを買われていました。

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フレームに入れて、我が家の鬼門で唯一の和風空間、お手洗いに。
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太陽神であったり戦闘神であったり、仏教ではお釈迦様を守る神。
お手洗いに入るたびに、心安らかな気持ちになれますよう。
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by nonkinaahiru4 | 2009-05-28 07:05 | 歴史を訪ねること

みちのくの浄土

今日は、ず〜っと楽しみにしていた
世田谷美術館で開催中の「平泉展」を観に行きました。
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今の部屋に越してきて嬉しかったことの一つが、
世田谷美術館まで徒歩圏内だったことでした。
好きな展覧会が多いのです
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岩手県の平泉には、過去に3度訪れています。
なので、この展覧会で展示されているものは
ほとんど見ているものなのですが、それでもまた見たかったのです。

私は、芭蕉、義経が昔から大好き。
となると、平泉は外せないスポットなのです。
なんといっても、芭蕉自身が義経ファンだったことから、
「おくの細道」で芭蕉は義経ゆかりの地を辿り、感涙しているのです。
同じ場所に、異なる時代の立場の異なる人物が
どんな思いでそこに居たのか、ということに
思いを巡らすのが歴史の旅の醍醐味です。

と、前置きはいいとして。

「平泉展」は、義経も芭蕉もあまり関係なくて、
藤原三代が築き上げた「みちのくの浄土」を
網羅している展覧会です。

初代藤原清衡は、家族をはじめ多くの人を
戦(前九年の役・後三年の役)で亡くしたため、
奥州の覇権を握ったときに、
仏教理念に基づく平和の都を作ろうとしました。

清衡は金色堂で有名な中尊寺を、
二代基衡は毛越寺を、
三代秀衡は無量光院を作りました。

それは平和と平等思想による「みちのくの浄土」でした。

その後、源頼朝に滅ぼされてしまったので、
現在、当時の面影を留めるのは中尊寺の金色堂と
毛越寺の浄土庭園だけなのだそうです。
でも、この二つだけを見るだけでも価値は大アリです。

中尊寺は、敷地全体が霊験あらたかな雰囲気で
そこに居るだけでご利益がありそうだし、
もちろん金色堂は言うまでもなく素晴らしいです。
特に金色堂内に施されている螺鈿に私は強く惹かれました。
美しく秀逸です。
毛越寺の浄土庭園は、雅で平安の宴が行われていた様子が
目に浮かんでくるのです。
両方とも圧巻です。

あ、また前置きが長くなってしまった
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だからこの展覧会では、
中尊寺でしか見ることのできなかった寺外では初公開となる
国宝の仏像、曼陀羅図、金銀字の写経・・・・・
 ということは、今、中尊寺に行った人はこれらが見られないってこと?
 それってショックでしょうね。

平泉での名宝、出土品、
みちのくを代表する仏像の数々が展示されていました。

特に、印象的だったのは・・・
浄土空間のコーナーです。
沢山の曼陀羅図が展示されていて
見ごたえがありました。
曼陀羅に囲まれてしまうのです。これってスゴイ。
曼陀羅は心が落ち着くので時間を忘れて見入ってしまいます。


世田谷美術館は、砧公園の中にあり、これ全部桜の木です。
来週末あたり満開になるのでしょうね。楽しみ
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by nonkinaahiru4 | 2009-03-18 19:03 | 歴史を訪ねること

招き猫な初詣

元旦は、井伊家の菩提所であり、招き猫発祥の地でもある
豪徳寺へ初詣に行きました。

彦根藩2代目当主・井伊直孝が、
にわか雨に遭い、大木の下で雨宿りをしていたところ、
このお寺の門内から手招きする白猫がいるので近寄って行くと、
今まで雨宿りをしていた大木に雷が落ちたとのこと。
直孝は、この白猫のおかげで落雷から守られたと
大変感謝し、このお寺を井伊家の菩提所としたそうです。
このエピソードが招き猫の発祥なのだそう
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だから彦根城のマスコット、ひこにゃんもネコだったのか
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納得。

お寺には、直孝以降の井伊家のお墓があるので
お参りさせていただきました。
こちらは、安政の大獄を行い桜田門外の変で暗殺された直弼のお墓。
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井伊家のお墓はすべて、上に唐破風がのっていたのが印象的でした。


招き猫も沢山売っています。
我が家もお守りとして一つ購入しました。
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にゃんとも可愛いではないですか
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豪徳寺を出て、世田谷を納めていた吉良家の居城
世田谷城跡(公園になっていて何も残っていない)、
松陰神社まで散歩しました。

奇しくも、安政の大獄を行った直弼と
安政の大獄によって処刑された吉田松陰が眠る、
対峙する寺社を訪ねる散歩となりました。
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by nonkinaahiru4 | 2009-01-02 14:01 | 歴史を訪ねること

旧甲州街道をゆく

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に「この休み中にやりたいことは?」と聞かれ、
「日帰りドライブ!」と即答した私
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28日(日)は、ずっとやってみたいと思っていた
幹線道路の旧道をドライブしました。

我が家のドライブ&旅は、景色や空気を楽しむのはもちろんですが、
歴史を訪ねる旅にもなります。


今回は、旧甲州街道をゆきました。


自宅の近くの道・・・
結婚してから桜の紅葉が美しいことを知りました。
この桜並木のある世田谷通りを通り、
調布から旧甲州街道へ入りました。
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調布は新撰組の近藤勇の出身地です。


調布〜日野へ

日野は新撰組の土方歳三の出身地です。
旧甲州街道沿いには、日野宿本陣があります。
立川の飛行場への通り道ということで
空襲を逃れたため、幕末の建物が現存しています。
都内に残る唯一の本陣だそうです。
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↑ここは、大名・天皇陛下がお上がりになった玄関。

本陣とは、江戸時代に街道の宿駅にあった
大名・公家・幕府役人などが宿泊した公的な旅宿のことです。
明治大正になると、天皇家の方々もご休息あそばされているので、
天皇がお休みになった枕とか、御膳とか、日用品なども展示されています。

なんといっても日野宿本陣で興味深いのは、
幕末にこの建物を建てたのが佐藤彦五郎だということなのです!
佐藤彦五郎は、大河ドラマ『新選組!』では
小日向文世さんが演じた役です。
土方歳三のお姉さんの嫁ぎ先です。

さらに驚いたことに、
今、駐車場になっている部分に「佐藤道場」があったそうで、
天然理心流の近藤勇が出稽古に来ていた場所が
ここなのだそうです
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後の新撰組初期メンバーは、ここに集結していたのです
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私は、駐車場を歩き回り、あの頃のことを妄想想像しました。
ただの新撰組オタクなので
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不審な行動をお許しください
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かなり興奮気味の日野宿でした。


日野〜八王子〜小仏峠〜相模湖〜上野原〜大月へ

いつも侍の故郷松本へ行くときに素通りしてしまう
気になるスポットへ立ち寄ることにしました。

大月市にある猿橋です。
日本三大奇橋の一つに数えられる猿橋とは、このような橋でした。
桂川に架かる橋で、両岸が崖になっていて幅が狭いために
橋脚がありません。
橋脚がない場合、吊橋が架けられるのが常なのだそうですが、
江戸時代には、刎橋(はねばし)という技術があったそうです。

そしてこの猿橋は、現存する唯一の刎橋(はねばし)だそうです。

刎橋(はねばし)とは・・・・・(以下、Wikipediaより抜粋)
岸の岩盤に穴を開けて刎ね木を斜めに差込み、
中空に突き出させる。その上に同様の刎ね木を突き出し、
下の刎ね木に支えさせる。支えを受けた分、
上の刎ね木は下のものより少しだけ長く出す。
これを何本も重ねて、中空に向けて遠く刎ねだしていく。
これを足場に上部構造を組み上げ、板を敷いて橋にする。
猿橋では、斜めに出た刎ね木や横の柱の上に屋根を付けて
雨による腐食から保護した。


だから、橋の下の両側に屋根瓦が付いていたのかぁ
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↑真ん中の写真は、橋の上から南側を見下ろした風景。
 一番下の写真は、北側を見下ろした風景。
 どちらも岩がゴツゴツしていて雄雄しくも神秘的な風景です。


ここで、突然ですが・・・・・

赤城の山も今宵かぎりぃ・・・・・
こーゆーのがあると、絶対素通りできない性分
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↑猿橋にて、国定忠治に変身してみました。

猿橋の袂にある「大黒屋」さんは国定忠治が逗留した場所なのだそうです。

他にも、芭蕉雨情広重も訪れているし、
日立製作所の創業者はここで創業の打ち合わせをしたそうです。

猿橋が初めて架けられたのは7世紀とのこと、
違う時代にさまざまな有名人が訪れている歴史満載のスポットでした。


大月〜勝沼へ

勝沼には見てみたい場所がありました。

柏尾の戦い(甲州勝沼の戦い)古戦場跡。
1868年の戊辰戦争のうちの一つで、
3月に起きた新撰組としての最後の戦いです。
このころ新撰組は甲陽鎮撫隊と名を変えて、
板垣退助率いる新政府軍と戦い、1時間で負けてしまいます。

この戦いは新撰組にとってトホホな戦いなので
あまり触れないことにします。

この地での戦いに思いを馳せて・・・
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この日の最終地点は、勝沼まで。

さて、勝沼といえば・・・
寄らずにはいられない場所がもう一つあったのでした。

                       
                              つづく
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by nonkinaahiru4 | 2008-12-30 12:12 | 歴史を訪ねること